木村さん
友人に確認しました。
確かに、ユニトロンにカールツァイス製の対物を搭載したものがあったそうです。
ただし、アメリカのユニトロン社がアメリカ国内の天文台に望遠鏡を納入する際、
天文台側から要望があって対物レンズを特注で日本精工の鏡筒に納めた例が一度あったそうです。
彼は、「口径125mmのものではなかったか?」と当時日本精工の方から聞いたそうですが、
詳細は日本精工の方も分からないようでした。
アメリカのユニトロンブランドは、独自に活動をしていたようですね。
国内の日本精工からユニトロンに納品した望遠鏡のレンズは、全て自社の工場で研磨したものだそうです。
ただし、日本精工の末期にフローライト屈折をラインに入れていましたが、
これは日本のユニトロン社の方(日本精工社でなく)がコーディネートして組んだものとのことです。
どこまでに日本精工のパーツを使ったかは定かではないです。
当時の国内フローライトの出処は、1か所です。みなさんが良く知る会社なので、
やはり日高さんが関わっていたのは確かだと思います。
当時日高さんは、OEMでかなりあちこちに納品していたといいます。
と、いうことでした。
おしまい。
ヤフオクを流れていく名機達
Re: ヤフオクを流れていく名機達
ここの掲示板の人たちにはすでに周知のサイトだと思いますが、
アメリカのDave Komar氏のサイトが詳しいです。
https://www.unitronhistory.com/
Komar氏は、ある掲示板にユニトロンの概略の歴史を書いています。
https://theskysearchers.com/viewtopic.p ... his%20post.
概ね正しいのではないかと思います。
日本語表記も右上の欄から選択できるので、読むのは容易だと思います。
今でも、ユニトロンという顕微鏡を販売する会社がアメリカにありますが、
そこが本当にユニトロンの末裔だとは知りませんでした。
1980年台に、日本光学とも提携していたというので驚きます。
https://microscopes.unitronusa.com/
1975年以降のユニトロンは商社で、製品はいくつかの下請けが作っていたものでしょう。
日本のユニトロン・ジャパンもそうだったと聞きます。
古いユニトロンは、創業者 Lawrence氏と日本精工がface to faceで造り上げたオリジナルで、良い時代だったと思います。
特に4インチとか5インチの屈折赤道儀は、クラシカルな外観と豪華な雰囲気で床の間に飾る置物としても良さそうです。
錘式のドライブ装置が素晴らしいです。
アメリカの大学の天文台での存在感も凄いですね。
アメリカのDave Komar氏のサイトが詳しいです。
https://www.unitronhistory.com/
Komar氏は、ある掲示板にユニトロンの概略の歴史を書いています。
https://theskysearchers.com/viewtopic.p ... his%20post.
概ね正しいのではないかと思います。
日本語表記も右上の欄から選択できるので、読むのは容易だと思います。
今でも、ユニトロンという顕微鏡を販売する会社がアメリカにありますが、
そこが本当にユニトロンの末裔だとは知りませんでした。
1980年台に、日本光学とも提携していたというので驚きます。
https://microscopes.unitronusa.com/
1975年以降のユニトロンは商社で、製品はいくつかの下請けが作っていたものでしょう。
日本のユニトロン・ジャパンもそうだったと聞きます。
古いユニトロンは、創業者 Lawrence氏と日本精工がface to faceで造り上げたオリジナルで、良い時代だったと思います。
特に4インチとか5インチの屈折赤道儀は、クラシカルな外観と豪華な雰囲気で床の間に飾る置物としても良さそうです。
錘式のドライブ装置が素晴らしいです。
アメリカの大学の天文台での存在感も凄いですね。