ガラクマさま、数字についての妥当性を考えると「?」ではありますが、まあ掲載されている
内容に沿ったということで。リサーチ会社の独自調査と分析によるのでしょうが。
数字に齟齬がみられたり。参考程度で。
会社年鑑には、継続的ではありませんが、ビクセン、日野金属産業、カートン光学、アストロ光学
工業、東和等の年商が記載されています。日本光学工業、旭光学工業は継続的に載っています。
品目別での割合も載っていたりしますので、望遠鏡についての、ある程度の年商も推測できます。
極めて、限定的で、概算的。
VIXEN
Re: VIXEN
みなさま、こんにちわ。
「天文と気象」1972年1月号の同社の広告では、
本社 東京都新宿区原町3-13
第一工場 東京都板橋区大山東町1
第二工場 東京都大田区南雪谷5の17の7
第三工場 東京都板橋区大和町23の3
と記されていた。
改めて、1973年版の住宅地図(板橋区)と1970年の新旧住居表示対照表(板橋区、大田区)に
拠って調べてみた。
第一工場(東京都板橋区大山東町1)は、両者で確認できるので問題なし。
住居表示は東京都板橋区大山東町1の5で、(株)ビクセン光学工業。
第二工場(大田区南雪谷5の17の7)については、その住所から調べていくとその正体は
明治精光株式会社であった。
大田区南雪谷5の17の7は、新住居表示に基づくもので、該当は明治精光株式会社と
個人宅の2件しかない。
明治精光株式会社は永久保佳秀氏(代表取締役)が
1953年8月に資本金105万円で光学器械製造を目的に設立。
販売先として、光友社、東洋実業、信誠商事、グリンヒル加藤、大沢商会。
(「日本会社録第7版」1970 より)
ミクロン型双眼鏡、ライフルスコープ等を製造
第三工場(板橋区大和町23の3)はアトラス光学なのだが、再考する必要がでてきた。
1970年10月時点での該当住居表示先に東亜光学(株)、アトラスシネ(株)の名称を関した
工場らしきものは見当たらない。
光学関係工場としては有限会社前田光学工業所がある。
アトラス光学の設立は1971年とのことから、1970年10月時点資料では確認できないのだが、
1973年版の住宅地図でも確認できていない。
前田光学工業所の一画を間借りしていたのかもしれない。
アトラス光学の名称由来の件は、保留にする。
アポロ商工も1970年10月時点資料では確認できなかった。
間借りしていたのか?
住所については会社録に頼っていたが、住宅地図そして新旧住居表示対照表と付き合わせると
新たな疑問を生じてきた。三者が合致すれば良いのだが。
「天文と気象」1972年1月号の同社の広告では、
本社 東京都新宿区原町3-13
第一工場 東京都板橋区大山東町1
第二工場 東京都大田区南雪谷5の17の7
第三工場 東京都板橋区大和町23の3
と記されていた。
改めて、1973年版の住宅地図(板橋区)と1970年の新旧住居表示対照表(板橋区、大田区)に
拠って調べてみた。
第一工場(東京都板橋区大山東町1)は、両者で確認できるので問題なし。
住居表示は東京都板橋区大山東町1の5で、(株)ビクセン光学工業。
第二工場(大田区南雪谷5の17の7)については、その住所から調べていくとその正体は
明治精光株式会社であった。
大田区南雪谷5の17の7は、新住居表示に基づくもので、該当は明治精光株式会社と
個人宅の2件しかない。
明治精光株式会社は永久保佳秀氏(代表取締役)が
1953年8月に資本金105万円で光学器械製造を目的に設立。
販売先として、光友社、東洋実業、信誠商事、グリンヒル加藤、大沢商会。
(「日本会社録第7版」1970 より)
ミクロン型双眼鏡、ライフルスコープ等を製造
第三工場(板橋区大和町23の3)はアトラス光学なのだが、再考する必要がでてきた。
1970年10月時点での該当住居表示先に東亜光学(株)、アトラスシネ(株)の名称を関した
工場らしきものは見当たらない。
光学関係工場としては有限会社前田光学工業所がある。
アトラス光学の設立は1971年とのことから、1970年10月時点資料では確認できないのだが、
1973年版の住宅地図でも確認できていない。
前田光学工業所の一画を間借りしていたのかもしれない。
アトラス光学の名称由来の件は、保留にする。
アポロ商工も1970年10月時点資料では確認できなかった。
間借りしていたのか?
住所については会社録に頼っていたが、住宅地図そして新旧住居表示対照表と付き合わせると
新たな疑問を生じてきた。三者が合致すれば良いのだが。