ページ 11

宮沢賢治は、誰のどんな望遠鏡を使ってアルビレオを見たのだろう?

Posted: 2026年5月11日(月) 11:58
by 木村
『銀河鉄道の夜』から、

九、ジョバンニの切符
「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」
 窓の外の・・・平屋根の上に、眼も覚める様な、青宝玉と黄玉の大きな二つの透き通った球が・・・黄色のが段々向うへ回って行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つの端は重なり合って、綺麗な緑色の両面凸レンズの形を作り・・・

 この文の書きっぷりから、賢治は望遠鏡で白鳥座βを見たことが有るのだろうと思ってます。アルビレオを美しさは見た人でないと分かりませんよね。ところが賢治が何処かで望遠鏡を使わせて貰ったとか、まして望遠鏡を持っていたとかの話しは聞いたことがありません。ここで、いくつかの図書(草下英明とか)で、水沢緯度観測所に行って覗かして貰ったんだろうという話しがあります。

 しかし、緯度観測所の望遠鏡は振り回せない子午儀みたいなのがメインで、また所長の木村栄は位置天文学に固執してる人だったらしく、火星にすら望遠鏡を向けなかったらしいです。(当時は、火星の運河で多くの人の目は火星に向いてたのによ)でも、木村は地元の教育にも理解がある人で、さらに幼稚園を創設したりしてます。だから賢治を邪険に追い返したりはしないでしょうけど、実際に相手をしてくれたのは別の人だと思います。
それは誰?、何の望遠鏡?

結論を先に言うと、山崎正光と彼の私物望遠鏡だったのでしょう。
彼は1年くらいしか水沢にいなかったらしいので、かなり運が良かったですね。
たぶん、山崎37歳、賢治27歳と(私は)想像します。

 だけど、山崎氏のお顔って、昔、天文と気象だったかに池谷・関彗星の関さんが撮った写真が載ってましたが(たぶん65歳くらい)、だから若かった水沢時代のお顔が見たかったですが・・・。
(関連話題として)
viewtopic.php?t=225

download/file.php?id=807&t=1

(つづく)

Re: 宮沢賢治は、誰のどんな望遠鏡を使ってアルビレオを見たのだろう?

Posted: 2026年5月11日(月) 12:45
by (^0^)コメト
曇天会議の皆様こんにちは

木村さん
宮沢賢治は「宮沢賢治の望遠鏡」でググると出て来ます。
ドイツのツァイス製望遠鏡(注文したというエピソード)とか双眼鏡で楽しんだとか
いろいろ出て来ます。

以前の記憶では1926年頃望遠鏡を購入した思い、確かアルビレオは水沢緯度観測所で
見たように覚えております。(間違いがありそで、以後の訂正を期待しますm(_ _)m)
木村氏には面識がありそで、モチ山崎氏とかの渡米組とは交流もあったでしょうネ。

宮沢賢治はイイとこのぼっちゃまだったとかで、確か最終稿(遺稿)は法華教の
指南書で、内心はいろいろと迷いを持っていたようで、この出版は父親に頼んだ
と聞きました。(←余計な話)
..続くに期待!