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五藤光学研究所(1926-1955)について

Posted: 2023年7月09日(日) 15:06
by 青色つきこ
みなさま、こんにちわ。

五藤光学研究所は小島修介氏が在職していたこともあり、五藤光学研究所について整理
しておくことにしました。また、ご覧になっている方々からも情報等の提供をいただいて
より充実した内容になっていければ良いと思います。
基本的には、大正15年の設立時から株式会社に組織変更した昭和30年までの期間を念頭
においています。(小島修介氏の調査からの派生版です。)

今回、五藤光学研究所(五藤斉三)の概要をまとめるにあたっては
五藤斉三氏が「緑綬褒章」を下賜された際の調書等の資料を使用しました。
なお、記載内容は昭和27年2月のものです。
これらは国立公文書館アジア歴史資料センターのwebで公開されています。
所蔵元は国立公文書館です。

Ⅰ.  五藤光学研究所の経営形態
大正15年2月1日~昭和13年2月28日 五藤光学研究所(五藤斉三氏の個人経営)
昭和13年3月1日~昭和15年8月31日 株式会社五藤光学研究所
(五藤斉三氏が代表取締役社長)
昭和15年9月1日~ (現時点昭和27年2月) 五藤光学研究所(五藤斉三氏の個人経営) 
昭和13年に法人に変更するも戦時の企業合同により昭和15年個人経営に還る。

Ⅱ. 昭和27年時点における五藤光学研究所について
所在地 東京都世田谷区新町一丁目115番地
商 号 五藤光学研究所
業 種 光学機械製造
工場敷地 601坪
工場建物 216坪
設備機械 金属切削機 (旋盤7台、フライス3台、セーバー1台)
     レンズ研磨機 (研磨機8台、荒削機2台、芯取機2台)  
主要工具 鉄皿、ニュートン板、オプチカルベンチ、コリメーター、屈折計、分光計
     その他金属切削用工具
主な納入先 東京天文台、水沢緯度観測所、中央気象台、国立電波観測所、気象研究所
      東京大学、東北大学、北海道大学、京都大学、亜米利加地学協会
      旭川市立天文台、名古屋市立天文台、横浜市立天文台、防府天文台、
      福井市立天文台
      外に文部省斡旋配給品として全国小、中、高、大学校等現存望遠鏡の
80%納入

Ⅲ. 五藤光学研究所が海外に紹介された事例として、
昭和11年6月19日の北海道皆既日食のトーキー映画があります。
「五藤光学研究所、朝日新聞連合日食観測隊により撮影された同時録音トーキー映画
「黒い太陽」は世界最初の試みとして学会に異常な反響を呼び、翌昭和12年、独逸ウフア
映画社並びに亜米利加メトロゴールドウインメヤー映画社の各学術映画部がそれぞれ映画
フィルムの複写印画を購求、全世界各地において上映され、その声価が宣伝された」
成果をまとめたものは以下のものがある。
① 五藤光学研究所長 五藤斉三 「北海道興部皆既食観測に於ける眼視観測と撮影装置」
科学知識 昭和11年8月号
② S.GOTO and M.YAMASAKI, Cinematographic Observations of the Total Solar Eclipse
of June 19,1936 , POPULAR ASTRONOMY vol.XLV,No.5,MAY,1937

他に海外に紹介された事例としては太陽熱利用の炊事器がある。


Ⅳ. 五藤光学研究所が取得した特許・実用新案

特許   昭和23.2.28 No.175742 単元写真用鏡玉
   23.2.28 175743 トリップレット写真鏡玉の改良
      23.4.22 176112 南天赤道儀
24.7.18 179644 太陽熱炊事装置
24.7.18 179653 太陽熱炊事装置
25.3.20 182443 簡易赤道儀装置

実用新案    2.9.12 108043 太陽像撮影装置
2.10.4 108871 天体観望装置
2.12.7 111287 顕微鏡装置
3.2.16 113725 顕微鏡接眼鏡
3.6.11 117920 映像投写装置兼用地上接眼鏡
3.10.5 121637 地上接眼鏡
3.12.5 123798 拡大鏡兼用望遠鏡
4.9.9 133064 全反射及減光用
25.1.18 368973 宝石用ルーペ
25.12.3 369223 太陽熱により炊事装置
25.4.12 360661 単軸赤道儀
25.5.26 372513 高低二様の倍率に使用し得る接眼鏡
25.6.28 373424 単軸赤道儀
※なお、実際に検索はNo.に相違がありますしタイトル・月日も相違がありますので参考程度と思って下さい。

Ⅴ. 添付のパンフレット(情報元は同じ)には五藤光学研究所販売部 東京市渋谷区原宿二丁目百六六番地とあります。戦前のものですが、どなたか情報をお持ちではないでしょうか。

今回、五藤光学研究所についての調査にあたっては、私は1960年以前の出版物等の資料を使用することにしましたので、「天文夜話 五藤斉三自伝」1979及び「星・空・夢」1996は省きました。

Re: 五藤光学研究所(1926-1955)について

Posted: 2023年7月09日(日) 21:34
by ガラクマ
青色つきこさんの初めの書き込みが強烈で、ちょっと腰がひけてしまいますが、パンフレットというかカタログの件です。

一つ目として、1935(S10)年頃と思われるカタログの表紙(表裏)を添付します。
  このカタログは他のページをみても、本社の住所がありません。販売部と工場だけです。
 昭和10年頃と思わせる要素としては、顕微鏡の説明で「弊所における10年に亘る・・・・」というところからです。

そして、もう一つは同じと見えるカタログですが、世田谷区のものです。

ちなみに昭和8年、9年頃のカタログには三軒茶屋とあります。

Re: 五藤光学研究所(1926-1955)について

Posted: 2023年7月09日(日) 22:20
by ガラクマ
 この方面はK氏が相当まとめ上げてますが、それに頼らず記録に残る事実と思われるものから積み上げていく、というのも青色つきこさんらしくていいですね。

凄くエネルギーがいる作業ですので、なかなかついていけません。
手もちの資料データから1926年8月13日の東京朝日新聞の記事を添付します
 (定期刊行物の著作権70年らしいですが、問題があったら言ってください)
太陽投影装置は、アメリカの科学雑誌からヒントを得たとあります。

Re: 五藤光学研究所(1926-1955)について

Posted: 2023年7月11日(火) 08:48
by 青色つきこ
みなさま、こんにちわ。
ガラクマ様、情報、ありがとうございます。
カタログへの「防空監視哨用」との記載の有無も時期の特定材料になりますねぇ。

官報から得られる情報は以下のものくらいでしょうか。
最初の株式会社五藤光学研究所に関してのものです。

●株式会社設立
商号 株式会社五藤光学研究所
本店 東京市世田谷区弦巻町一丁目百四十二番地
目的 光学機械器具及び測定用機械器具並びに各種精密機械器具の製造販売
   右に関連する工業所有権の取得及び利用
   以上に附帯する一切の業務
設立の年月日 昭和十三年二月十二日
資本の総額 金三十万円
一株の金額 金二十円
取締役 五藤斉三 (会社を代表する取締役)
〃   勝泉外吉
〃   太田義民
〃   山脇正悌
〃   五十嵐保司
〃   松田虎松
〃   上塚司
監査役 金太仁作
 〃  世良愼一
登記 昭和十三年二月二十二日

(官報1938.5.7 第3400号付録より)

Re: 五藤光学研究所(1926-1955)について

Posted: 2023年7月16日(日) 21:00
by 青色つきこ
みなさま、こんにちわ。

1951年、五藤齊三氏は2件の文字商標を出願しました。

① 「五藤式天体望遠鏡」 出願1951年2月14日 公告1952年5月21日 登録番号0415004

五藤光学研究所の天体望遠鏡は、広告を見れば、単に天体望遠鏡と記さずに、五藤式と記しています。
五藤光学研究所の天体望遠鏡は、他のとは違うんだぞという差別化を図っていました。
赤道儀にしても、単軸赤道儀は五藤光学研究所の独自の発想ですものねぇ。
この発想は、小島修介氏のアストロ光学(株)の天体望遠鏡が、単に天体望遠鏡ではなく、アストロ天体望遠鏡
と記されているのに通じるものがあります。
私はアストロ天体望遠鏡も商標登録若しくは商標登録申請中とされていたのではないのか、探しては
いますが、見いだせてはいません。何らかの行動があったのではないかと考えています。
ブランド名を登録している事例は、日本精光研究所の小林栄道氏の「UNITRON」「POLAREX」、その他にも
多くあります。

② 「五藤光学研究所」 出願1951年8月2日 公告1953年2月4日 登録番号0429053

社名を五藤齊三氏は登録しています。
もしかしたら、一度、「五藤光学研究所」の名前が自分の元から離れ、再び自分の元に戻すに苦労した想いが
あったのかも知れません。

S13年 株式会社に改組。 S15年 社長から相談役に退く。 再度、五藤光学研究所として出発するために、
株式会社 五藤光学研究所 (社長 山脇正悌)から社名を取り戻しています。
なお、株式会社五藤光学研究所は玉川光機株式会社に社名を変更。

ちょっとそれますが、アストロ光学(株)も「アストロ光学」「ASTRO OPTICAL CO.,LTD」を登録していましたが。
出願は1958年9月であり、小島修介氏は既にアストロ光学(株)を去っています。
当時、アストロ光学(株)の代表権は千葉氏若しくは清算人にあったと思われます。
(1958年2月に 労働争議、倒産騒動がありました。)
この登録がアストロ光学(株)の財産権の保全の為か、どういう意図があったのか今のところ不明です。

Re: 五藤光学研究所(1926-1955)について

Posted: 2023年8月06日(日) 23:19
by ガラクマ
 単軸赤道儀についてですが、海外の古い天文台で似たものがあって、それをまねたものと思っておりました。
その天文台/望遠鏡について忘れてしまって、先ほどからネットで探しておりますが、なかなか見つかりません。

アーケンホールド天文台の屈折望遠鏡も、広い意味では似てるかもしれませんが、もっと近いものがあったように思います。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File ... ractor.ogv

Re: 五藤光学研究所(1926-1955)について

Posted: 2023年8月07日(月) 22:10
by 「原」
これとか
https://vtdigger.org/2011/11/16/leonids ... ving-week/

これの一番下のとか
https://griffithobservatory.org/exhibit ... elescopes/

これとか
https://www.pinterest.jp/pin/zeiss-tele ... 205883406/

確かツアイス20cmコメットシーカーというのがあって、そのイメージが近かったと思います。

Re: 五藤光学研究所(1926-1955)について

Posted: 2023年8月08日(火) 22:21
by ガラクマ
 原さん。ありがとうございます。
それです。ZEISSの望遠鏡です。
まあ、これらを先生にせずとも機構は思いつくとは思いますが、小型望遠鏡で実現させて販売するところが凄いですね。

Re: 五藤光学研究所(1926-1955)について

Posted: 2023年12月01日(金) 09:03
by ガラクマ
 三軒茶屋時代のカタログ、今まで知っていたものと少し違うものを見せてもらいました。
こんな真っ赤な表紙のものは知りませんでした。
モデルの移行期のようです。