今月号の星ナビで、一番目についたのが「天文台マダムがゆく」のコーナーで、渡部先生が(研究室?)片づけをしている写真とその説明に「若き日の相棒」として、部屋の中でしっかりケンコーSR-900型が写っていたとこです。
ダウエルを買った私でも、6㎝並みの価格の11㎝。さすがに用心しました。
その後の人生。SR-900を愛用され、天文学者として名声を得た氏と、ダウエル買ってひねくれた私との差は(頭の出来の差は明白ですが、まあそこは置いといて)何だったのでしょう?
そんなことを考えていたら、どこにでもあったと思うSR-900型。
似たものはたくさん見てきましたが、そのものを見たことないような・・・
もっとも、すぐ捨てられそうな望遠鏡ですので、今は残っていないのでしょうか?
お持ちの方はおりますか? 接眼部がラック&ピニオンではないです。
ケンコー SR-900型
Re: ケンコー SR-900型
そういえば、いつだったかオンエアされたNHKの「チコちゃん」だったか「カネオ君」だったかに、渡部先生が出演されたとき、研究室の後方にこの「ケンコーSR-900」が鎮座していましたね。
Re: ケンコー SR-900型
もしやと思い、昨年2月8日にNHKでリバイバルオンエアされた、ウルトラセブン第45話「円盤が来た」を見返したところ、それらしいのが映っていました。
主人公の星好きな勤労青年フクシン君が、子供に化けた宇宙人に連れられて、望遠鏡販売店(なぜか木造の民家風)に行ったシーンです。
たぶんタイアップと思いますが、たくさん並んだケンコー製望遠鏡の中に2台の反射赤道儀があり、うち1台がSR-900ではないかと思いました。
主人公の星好きな勤労青年フクシン君が、子供に化けた宇宙人に連れられて、望遠鏡販売店(なぜか木造の民家風)に行ったシーンです。
たぶんタイアップと思いますが、たくさん並んだケンコー製望遠鏡の中に2台の反射赤道儀があり、うち1台がSR-900ではないかと思いました。
Re: ケンコー SR-900型
そうそう。
このカットでは反射赤道儀は3台ありますね。
左のはやや短焦点なので、右のうち1台が怪しい。
話が外れ気味ですみません。
このカットでは反射赤道儀は3台ありますね。
左のはやや短焦点なので、右のうち1台が怪しい。
話が外れ気味ですみません。
Re: ケンコー SR-900型
↑ おおおおお!マニアすぎる内容!
これこそ、このHPにふさわしい!(大笑
これこそ、このHPにふさわしい!(大笑
Re: ケンコー SR-900型
じゃんく王さんの画像、覚えています。
あんがい最近、ここ数年で見た覚えがあります。たぶんスークーさんの言う再放送をだったかもしれません。
すぐ出てくるとこが凄いです。
あんがい最近、ここ数年で見た覚えがあります。たぶんスークーさんの言う再放送をだったかもしれません。
すぐ出てくるとこが凄いです。
プライベートメッセージです
Re: ケンコー SR-900型
みなさん こんにちは。
ケンコーのSR-900、これは私がお年玉とアルバイト代を貯めて自腹で購入した2代目の望遠鏡になります。
小学校6年生の3月、学校の春休みに、日高の田舎から朝6時発の急行に乗り、札幌に到着してデパートや眼鏡店を廻りました。
購入理由は、手持ちの予算で購入出来て一番安かったためでした。
値段は今でも覚えている2万6千円。
当時もミザールやアストロと比べて破格に安かったし、大口径でした。
最初に購入したのは、エイコーの口径5cmの単レンズ卓上型。2500円だったかな?
色収差の何たるかを学習するには十分な望遠鏡でした。
土星の輪はかろうじて分かるかどうかでしたが、楕円に見え、金星も三日月形には見えました。
ので、
二台目は反射にしようと考えていました。
それと出来たら赤道儀で。
写真を撮りたいという願望が強かったんです。
購入したところは、狸小路にあった眼鏡店だったのですが、
店のオーナーの人が、「浦河まで運びます。」と言ってくれました。
「いや、遠いから日本通運の配送で良いですよ。」と母親が断ってくれたのですが、
「ぜひ行きます。」と。
札幌から浦河まで、当時は北海道には高速道路がなくて5時間くらいかかったんじゃないかと思います。
今調べたら、開通は1971年と出たので、やはり無かったですね。
1970年の購入でした。
当時の北海道は、砂利道の国道も多かったんです。砂埃が酷かった。
お店の方が届けてくれた日は3月の寒い薄曇りの日で、
到着して、「いやー、浦河は遠いですね!!!!」と改めて驚いていたものです。
狸小路の眼鏡店、増山メガネというお店でしたが、その後毎年年賀状を送ってくれました。
来なくなったのは、社会人になってだいぶ経ってから。
お店を廃業したためでした。
狸小路も昔の商店街のような風情は消え去り、おおざっぱな雑然とした通りになつてしまいました。
今から思えば、
その後あのメガネ店で望遠鏡を購入した人が果たしてどれだけいたのだろうか?と思ったりもします。
天文人口って少ないですし、大部分の人はデパートかメーカー直販だったんじゃないかと思います。
東京だと光洋?とか松島眼鏡店という大きなところがあったと思いますが。
ケンコーのSR-900、これは私がお年玉とアルバイト代を貯めて自腹で購入した2代目の望遠鏡になります。
小学校6年生の3月、学校の春休みに、日高の田舎から朝6時発の急行に乗り、札幌に到着してデパートや眼鏡店を廻りました。
購入理由は、手持ちの予算で購入出来て一番安かったためでした。
値段は今でも覚えている2万6千円。
当時もミザールやアストロと比べて破格に安かったし、大口径でした。
最初に購入したのは、エイコーの口径5cmの単レンズ卓上型。2500円だったかな?
色収差の何たるかを学習するには十分な望遠鏡でした。
土星の輪はかろうじて分かるかどうかでしたが、楕円に見え、金星も三日月形には見えました。
ので、
二台目は反射にしようと考えていました。
それと出来たら赤道儀で。
写真を撮りたいという願望が強かったんです。
購入したところは、狸小路にあった眼鏡店だったのですが、
店のオーナーの人が、「浦河まで運びます。」と言ってくれました。
「いや、遠いから日本通運の配送で良いですよ。」と母親が断ってくれたのですが、
「ぜひ行きます。」と。
札幌から浦河まで、当時は北海道には高速道路がなくて5時間くらいかかったんじゃないかと思います。
今調べたら、開通は1971年と出たので、やはり無かったですね。
1970年の購入でした。
当時の北海道は、砂利道の国道も多かったんです。砂埃が酷かった。
お店の方が届けてくれた日は3月の寒い薄曇りの日で、
到着して、「いやー、浦河は遠いですね!!!!」と改めて驚いていたものです。
狸小路の眼鏡店、増山メガネというお店でしたが、その後毎年年賀状を送ってくれました。
来なくなったのは、社会人になってだいぶ経ってから。
お店を廃業したためでした。
狸小路も昔の商店街のような風情は消え去り、おおざっぱな雑然とした通りになつてしまいました。
今から思えば、
その後あのメガネ店で望遠鏡を購入した人が果たしてどれだけいたのだろうか?と思ったりもします。
天文人口って少ないですし、大部分の人はデパートかメーカー直販だったんじゃないかと思います。
東京だと光洋?とか松島眼鏡店という大きなところがあったと思いますが。
最後に編集したユーザー HG [ 2026年3月26日(木) 09:22 ], 累計 2 回
Re: ケンコー SR-900型
SR-900には、6mmと20mmのハイゲン式接眼レンズが付属していました。
光軸合わせは何の問題もなく、すぐ合わせられました。
焦点距離910mmで150倍、最初に見たのは土星でした。
ちゃんと輪が見えて土星の本体の縞も見えて、感動しました。
当時の輪は最大傾きに近かったんです。
この望遠鏡は、木星と火星を見るのに使いました。
今思い出しても、とてもよく見える望遠鏡で、火星は6月くらいから大きな極冠も見え、
8月には子午線湾付近の模様とか太陽湖付近が見えていたのを思い出します。
木星の大赤斑は今よりもずっと大きく赤くて、本当に印象的でした。
ところが、8月に入ってから大黄雲が発生し、模様は見えなくなってしまいました。
見えている火星の模様と、本から想定している模様の形がずいぶん違うので、最初何が起こっているか分かりませんでした。
しかもその模様が日々変わるので。
個人的には、残念な大接近となりました。
その次の次の夏休みには、学校から五藤の6.5cmを借りることが出来て、
晴れた日には学校のグラウンドから火星や木星を比較しながら観察していました。
像のシャープさは反射、色収差も無い、けれどコントラストと見やすさは屈折、とその時良くわかりました。
それで、
今度買う時は、「口径の大きい屈折にしよう。」という大きな動機になりました。
少し使って、やっぱり写真も撮りたくなり、
木の板でアダプターを自作してコリメート式で木星や土星、それと月を撮影しました。
当時アルミ缶に入っていたトライXを使い、うちわシャッターみたいな感じで、
手で微妙にトラッキングさせて撮影しました。
数うちゃ当たる。で、自分で現像したネガをルーペで見るとちゃんと縞模様も写り、意外とシャープな写りに安心しました。
ピントは合ってました。
街中の写真屋さんにプリントを出したときに、「この卵みたいなものは何ですか?」と聞かれましたが、
「木星なんです」と説明して驚かれたものです。
土星を写す頃には、学校の理科室にあったプリント機を使えることになり、
やってみました。
さすがに、プロのプリントとは異なり、微妙にブレがあるのか、ピントが甘いのか、
粒子のシャープさが少し足りないと反省点が残りました。
星野写真は、カメラを鏡筒に紐でくくりつけて、自宅裏庭から手動ガイドで白鳥座を撮影しました。
これもとても良く撮れて、天の川は自分で撮れるんだと、実感しました。
当時は本当に空が暗くて、自宅から歩いて海岸に行って眺めると、怒涛のような天の川の流れに友人と感動したのを覚えています。
光軸合わせは何の問題もなく、すぐ合わせられました。
焦点距離910mmで150倍、最初に見たのは土星でした。
ちゃんと輪が見えて土星の本体の縞も見えて、感動しました。
当時の輪は最大傾きに近かったんです。
この望遠鏡は、木星と火星を見るのに使いました。
今思い出しても、とてもよく見える望遠鏡で、火星は6月くらいから大きな極冠も見え、
8月には子午線湾付近の模様とか太陽湖付近が見えていたのを思い出します。
木星の大赤斑は今よりもずっと大きく赤くて、本当に印象的でした。
ところが、8月に入ってから大黄雲が発生し、模様は見えなくなってしまいました。
見えている火星の模様と、本から想定している模様の形がずいぶん違うので、最初何が起こっているか分かりませんでした。
しかもその模様が日々変わるので。
個人的には、残念な大接近となりました。
その次の次の夏休みには、学校から五藤の6.5cmを借りることが出来て、
晴れた日には学校のグラウンドから火星や木星を比較しながら観察していました。
像のシャープさは反射、色収差も無い、けれどコントラストと見やすさは屈折、とその時良くわかりました。
それで、
今度買う時は、「口径の大きい屈折にしよう。」という大きな動機になりました。
少し使って、やっぱり写真も撮りたくなり、
木の板でアダプターを自作してコリメート式で木星や土星、それと月を撮影しました。
当時アルミ缶に入っていたトライXを使い、うちわシャッターみたいな感じで、
手で微妙にトラッキングさせて撮影しました。
数うちゃ当たる。で、自分で現像したネガをルーペで見るとちゃんと縞模様も写り、意外とシャープな写りに安心しました。
ピントは合ってました。
街中の写真屋さんにプリントを出したときに、「この卵みたいなものは何ですか?」と聞かれましたが、
「木星なんです」と説明して驚かれたものです。
土星を写す頃には、学校の理科室にあったプリント機を使えることになり、
やってみました。
さすがに、プロのプリントとは異なり、微妙にブレがあるのか、ピントが甘いのか、
粒子のシャープさが少し足りないと反省点が残りました。
星野写真は、カメラを鏡筒に紐でくくりつけて、自宅裏庭から手動ガイドで白鳥座を撮影しました。
これもとても良く撮れて、天の川は自分で撮れるんだと、実感しました。
当時は本当に空が暗くて、自宅から歩いて海岸に行って眺めると、怒涛のような天の川の流れに友人と感動したのを覚えています。
最後に編集したユーザー HG [ 2026年3月26日(木) 08:51 ], 累計 2 回
Re: ケンコー SR-900型
次の火星の大接近の時には、友人からアストロのSR-4mmを借りることが出来ました。
これを使うと227倍でやはりだいぶ大きくなります。
像は本当にシャープで、この倍率をかけても火星のリムはくっきり見えて、木星の縞模様はスケッチできないくらい複雑に見えました。
像が一段とシャープとなったのは、鏡をクリーニングする際、
ネジの締め方を極力緩くしてからでした。
レンズに圧力を加えると像が悪化するのに気付き、なるべくそっと置くようにして使いました。
この望遠鏡を使っていたのは、実質3年とちょっと。
高校は地元から出てしまったので、使えたのは帰省したときの僅かな時間だけでした。
それでも、更に田舎の暗いところに持って行って、いろいろな星雲や星団を観ました。
M13などは、倍率を上げると星の粒粒まで見えて嬉しくなりました。
今から思えば、北アメリカやベール星雲も楽に見えただろうなと思いますが、当時は見えるなんて思ってもいませんでした。
SR-900は、
大学に入学する際、母親の友人の息子さんに差し上げました。
それから10年くらい、大学・社会人時代は、天文の世界からは完全に離れることになりました。
バンド活動のほうが全然楽しかった。
SR-900、
架台の精度が悪くて振動が多いとか、ヘリコイドのフォーカーが渋くてピント合わせにくいとか、
欠点はいろいろありましたが、
26,000円でこんなに楽しめる望遠鏡は他にないんじゃないか?と個人的には感じる良い望遠鏡でした。
軸受けの公差が大きいので、ネジをいくら締めてもガタやバックラッシュが消せません。
「やっぱり高橋の架台でないとダメなんだろろうな。」とは思いました。
友人は、高橋のS型だったかの架台を入手し、使ってみると、そのスムーズさ剛性のなんたるかが良くわかりました。
彼は大学に進んでから、J-160を購入したと聞きましたが、私はその頃は天文から興味が離れていたので、
「そうなんだ。」くらいに聞き流していました。
高校時代は、アスコの21cmが欲しいなあくらいは思っていましたが、全然冷めてしまいました。
実は、大学入学前に、府中の五藤光学の本社に行って、当時デビューしたマークXシステムを触って揺らしてみましたが、
剛性が足りないんじゃないかな?と感じ、購入には至りませんでした。
あと、会社の人の雰囲気も良くなかったし。
復活するのは、1987年のハレー彗星が去った頃。
口径100mmの高橋のFCT-100が三代目の望遠鏡となりました。
東京の目黒区にあった独身寮の屋上で木星や土星を久々に眺めて、なんか懐かしい感じになりました。
でも、所詮口径10cm。
基本的な見え方は、口径114mmの反射と大きく変わるものではありませんでした。
より気流の良い東京都内からの像はとても安定していてとても細かい部分が分かります。
「北海道ではこんな気流の良い日なんて無いんじゃないだろうか?」
惑星は口径もさることながら気流だろうなあと、しみじみ思いました。
これを使うと227倍でやはりだいぶ大きくなります。
像は本当にシャープで、この倍率をかけても火星のリムはくっきり見えて、木星の縞模様はスケッチできないくらい複雑に見えました。
像が一段とシャープとなったのは、鏡をクリーニングする際、
ネジの締め方を極力緩くしてからでした。
レンズに圧力を加えると像が悪化するのに気付き、なるべくそっと置くようにして使いました。
この望遠鏡を使っていたのは、実質3年とちょっと。
高校は地元から出てしまったので、使えたのは帰省したときの僅かな時間だけでした。
それでも、更に田舎の暗いところに持って行って、いろいろな星雲や星団を観ました。
M13などは、倍率を上げると星の粒粒まで見えて嬉しくなりました。
今から思えば、北アメリカやベール星雲も楽に見えただろうなと思いますが、当時は見えるなんて思ってもいませんでした。
SR-900は、
大学に入学する際、母親の友人の息子さんに差し上げました。
それから10年くらい、大学・社会人時代は、天文の世界からは完全に離れることになりました。
バンド活動のほうが全然楽しかった。
SR-900、
架台の精度が悪くて振動が多いとか、ヘリコイドのフォーカーが渋くてピント合わせにくいとか、
欠点はいろいろありましたが、
26,000円でこんなに楽しめる望遠鏡は他にないんじゃないか?と個人的には感じる良い望遠鏡でした。
軸受けの公差が大きいので、ネジをいくら締めてもガタやバックラッシュが消せません。
「やっぱり高橋の架台でないとダメなんだろろうな。」とは思いました。
友人は、高橋のS型だったかの架台を入手し、使ってみると、そのスムーズさ剛性のなんたるかが良くわかりました。
彼は大学に進んでから、J-160を購入したと聞きましたが、私はその頃は天文から興味が離れていたので、
「そうなんだ。」くらいに聞き流していました。
高校時代は、アスコの21cmが欲しいなあくらいは思っていましたが、全然冷めてしまいました。
実は、大学入学前に、府中の五藤光学の本社に行って、当時デビューしたマークXシステムを触って揺らしてみましたが、
剛性が足りないんじゃないかな?と感じ、購入には至りませんでした。
あと、会社の人の雰囲気も良くなかったし。
復活するのは、1987年のハレー彗星が去った頃。
口径100mmの高橋のFCT-100が三代目の望遠鏡となりました。
東京の目黒区にあった独身寮の屋上で木星や土星を久々に眺めて、なんか懐かしい感じになりました。
でも、所詮口径10cm。
基本的な見え方は、口径114mmの反射と大きく変わるものではありませんでした。
より気流の良い東京都内からの像はとても安定していてとても細かい部分が分かります。
「北海道ではこんな気流の良い日なんて無いんじゃないだろうか?」
惑星は口径もさることながら気流だろうなあと、しみじみ思いました。