20年以上前に,友達(以下hと呼ぶ)と一緒に有効口径25cmのアクロマート対物レンズを手磨きで完成させた話しを致します.当時の記録も写真も残っていないので,簡単なスケッチと衰えゆく自分の記憶に残っている,僅かな思い出から書いてみますので何かの参考に.
ある日,hが随分重たそうな段ボール箱を持ってやってきました.開けると厚さ8cm,直径25cmくらいのガラス2枚と,同口径で厚さ5cmくらいのガラスが2枚入っていました.薄い方のガラスは色からして鉄分のあるやつで,船の窓ガラスに使う物のようでした.もう一枚は,白っぽい白ガラスで,hが持ってくるんだから光学ガラスだろうと見当をつけました.ところが,残り一枚が色は白ですが,異様に白く輝いており,見たこともないガラスでした.
k:なんだこれ?
h:F2らしい.
k:え!フリントガラスか?
h:そうらしい.重いから気を付けろよ.
k:くくっ,なるほど鉛ガラスって言うだけあるな.
h:これで屈折を作ってみたい.
k:とんでもない大望遠鏡になるぞ.
h:怖じ気付いたのか?
k:まさか.
そのガラス材は,既に研磨しようとした痕跡があり,ツールガラスが2枚しかないことから,リトロー型(リッロー型と呼ぶ人もいる)にしようとしたと想像できました.荒ズリが終わったところで放棄したそうで,それをまた自称研磨の達人とおっしゃる方がF2の方を放物面鏡にしようとして変に凹ませてしまってました.茶色の包み紙にBK7とF2と書いてあったので,それぞれオーソドックスな旧ガラスの代表です.F2と書いてあるガラスが異様に輝いて見えたのは,屈折率が高いせいでしょう.主鏡に良く使われるパイレックスは成分上水晶の屈折率n=1.4に近いです.BK7はn=1.5くらいだと思いましたが,F2のn=1.62は宝石のトパーズに近いので,当然,まるで輝きが違います.パイレックスとBK7,F2を並べると,もう輝きだけでガラスの品格を見せつけられましたね.
さて,それから1ヶ月ほどで,およその段取りが付きました.基本的には吉田正太郎先生の図書から,フランフォーファー型設計の数値を読取り,当時,アマの何人かが作成していた光学設計ソフトを駆使して,アマチュア的に制作しやすいように設計を変えて,さらに収差補正を追い込んだ設計でした.口径25cmF12,焦点距離3mの長大な光学系でしたが,それでも同口径F15と同等の収差の程度に収まりました.
さらに,研磨の仕方に工夫しました.大量生産する市販品の色消しレンズは,通常2枚のガラスの各面を,それぞれ専用の曲率半径を持つ鉄皿で磨きます.しかし,鉄皿を4枚も作ってたら割りに合わないので,2枚だけのツールガラスでリトロー型より曲率のきついフランフォーファー型(改)を磨くのですから,工夫が要ります.ツールのT1,T2は対物の,それぞれr1とr4を磨きます.r2とr3は共ずりです.
ここで凸面はフーコテストができませんので,相対する凹面をテストして仕上げてから互いに合わせてニュートンフリンジで検査します.
F2のr3は,特に正確な球面に仕上げて,これを基準球面としてツールガラスのT2の裏側を基準平面鏡に磨き上げます.この時の相手ガラスはT1の裏側です.
最終検査は,基準平面鏡となったT2に,BK7とF2を対物セルに入れて合わせ,ダブルパスのフーコーテストを行います.
2人とも若かったし,アイデァも豊富に湧いたし,ディスカッションは土日のどちらか1日だけ!,と決めていましたが朝から晩まで話し合いました.しかし,共ずりが全てといっても,合計8面を艶出しまで磨かないとならないし,計算すると随分曲率が深いし,特に凸面は凹面の3倍くらいガラスを削ります.2人がかりとは言え,研磨機を作らないとゴールまで辿り着かないだろうと言うことで,光学系が決まると次に研磨機を考え始めました.
ーーー続く
蛇足(水晶とトパーズ)
天竺への旅 (---25cm対物レンズ制作の思い出---)
Re: 天竺への旅 (---25cm対物レンズ制作の思い出---)
さて研磨機から行きますが,h君が作った研磨機は機械仕掛けとしては一般的な原理に基づいているのですが,ぱっと見の雰囲気は結構特異な物でした.
でも,上の図だけでは研磨機には見えません.昔の蓄音機みたいです.実は,この機械は同形の物2台で構成させるのです.1台のターンテーブルの回転数は,1秒に一回転くらい.もう1台は1分間で一回転くらいです.運ぶときは,2台を別々に運んでドンと置いて,2つを長いロッドで連結して使うのです. 下の苗村先生の研磨機は,大きいせいもあるのですが,全部が一体式なので扱いが大変です. その点,h君の研磨機は取り扱いが楽だし,部品も同じなので1台が完成すると2台目は半分の時間で出来ました.修理も楽でした.
鏡材はターンテーブルで回転させられ,上に乗ってるツールガラスは往復運動させられますが,回転させる仕掛けはありませんでした.そこが心配でしたが,上のツールは何故か自然に回転してましたね.2つのモーターは,足下の2つのフットスイッチでon,offしてました.ベルトドライブにしたのは,ギアだと正確すぎて研磨の跡がリサージュ模様みたいに現れたら困るのと,もしひっかかった場合,滑ってくれるので安全装置になるからです.
片足でフットスイッチを踏んだままにして,時々,右手でプラスチックの醤油入れに入れた研磨材(水入り)を,ちょぼちょぼと鏡材にかけながら,左手で本を持って読んでいたり,コーヒーをすすったり,タバコ吸ったりしてるわけです.
上の図の左側が1つのユニットです.ホムセンで売ってるようなスチールラックを切って,棚の中に電気洗濯機から取ったモーターと,これまた洗濯機から取ったベルトとプーリーに,10φくらいのずん切りボルトを通して何段か組み合わせ,モーターの回転を減速させる仕掛けです.上には,丸いターンテーブルが載っています.これは,12㎜厚の合板に木工ボンドを塗って2枚重ね,それの車のフロントタイヤで1日圧してくっつけた板を丸く切ってありました.面白いのは普通の戸車で下から縁を支えて剛性を上げてありました.でも,上の図だけでは研磨機には見えません.昔の蓄音機みたいです.実は,この機械は同形の物2台で構成させるのです.1台のターンテーブルの回転数は,1秒に一回転くらい.もう1台は1分間で一回転くらいです.運ぶときは,2台を別々に運んでドンと置いて,2つを長いロッドで連結して使うのです. 下の苗村先生の研磨機は,大きいせいもあるのですが,全部が一体式なので扱いが大変です. その点,h君の研磨機は取り扱いが楽だし,部品も同じなので1台が完成すると2台目は半分の時間で出来ました.修理も楽でした.
鏡材はターンテーブルで回転させられ,上に乗ってるツールガラスは往復運動させられますが,回転させる仕掛けはありませんでした.そこが心配でしたが,上のツールは何故か自然に回転してましたね.2つのモーターは,足下の2つのフットスイッチでon,offしてました.ベルトドライブにしたのは,ギアだと正確すぎて研磨の跡がリサージュ模様みたいに現れたら困るのと,もしひっかかった場合,滑ってくれるので安全装置になるからです.
片足でフットスイッチを踏んだままにして,時々,右手でプラスチックの醤油入れに入れた研磨材(水入り)を,ちょぼちょぼと鏡材にかけながら,左手で本を持って読んでいたり,コーヒーをすすったり,タバコ吸ったりしてるわけです.
Re: 天竺への旅 (---25cm対物レンズ制作の思い出---)
実は,2枚のレンズと2枚のツールガラスを研磨するときに,一番緊張したのは荒ズリでした.前に話したように,削りシロが1㎜かそこいらしか残っていません.カーブジェネレータが1㎜掘りすぎたらアウトです.
ジェネレータは普通のドリルドライバーの先に,タイルやガラスに穴を開けるためのダイヤ付きのドリルを付けた物です.これを正確にガラス面の予定曲率に従って動かして面を作ります.前述の研磨機の高速回転側のユニットを使います.
ドリルに合うドリルガイドを改造して,滑らかに水平移動できるようにポリエチレンを切って滑り材にし,曲率と同じ曲がりっぷりの「曲率定規」を作ります.この定規は伸びにくいステンレスの針金をコンパスにして,紙に円を描きそれに合わせて合板を切って作ります.今度は12㎜厚の合板を3枚,車で圧縮して作りました.それを,さらに糸のこ盤で切り取って,木工ヤスリで仕上げるわけです.なかなか職人芸が必要です.こういう定規を「ならい」とか呼ぶそうです. もし,数値制御のフライス盤などがあれば,こんな物は簡単にできたでしょうけど,廃業した小さな工場(20坪ほど)を工作室として貸して貰っていましたが,使えるのは古いボール盤程度でした.
でも,やっぱり木工で作ったカーブジェネレータには精度の限界があり,ガラス材をダメにする可能性が有ったので,少し工夫した方法を使いました.
その工夫と,硬度の違うガラスの共ずりの話しは,またこの次に.
ジェネレータは普通のドリルドライバーの先に,タイルやガラスに穴を開けるためのダイヤ付きのドリルを付けた物です.これを正確にガラス面の予定曲率に従って動かして面を作ります.前述の研磨機の高速回転側のユニットを使います.
ドリルに合うドリルガイドを改造して,滑らかに水平移動できるようにポリエチレンを切って滑り材にし,曲率と同じ曲がりっぷりの「曲率定規」を作ります.この定規は伸びにくいステンレスの針金をコンパスにして,紙に円を描きそれに合わせて合板を切って作ります.今度は12㎜厚の合板を3枚,車で圧縮して作りました.それを,さらに糸のこ盤で切り取って,木工ヤスリで仕上げるわけです.なかなか職人芸が必要です.こういう定規を「ならい」とか呼ぶそうです. もし,数値制御のフライス盤などがあれば,こんな物は簡単にできたでしょうけど,廃業した小さな工場(20坪ほど)を工作室として貸して貰っていましたが,使えるのは古いボール盤程度でした.
でも,やっぱり木工で作ったカーブジェネレータには精度の限界があり,ガラス材をダメにする可能性が有ったので,少し工夫した方法を使いました.
その工夫と,硬度の違うガラスの共ずりの話しは,またこの次に.
Re: 天竺への旅 (---25cm対物レンズ制作の思い出---)
カーブジェネレータは,失敗すると一発で削りシロを超えてしまいます.特にステンの針金をコンパス代わりに作った「ナライ」の精度も妖しい代物です.試し切りの必要があると考えました.と言っても,大口径厚肉のガラスなんて,そうそう有るものではありません.そこで,硬質石膏で25cmの円盤を作り,それを切ってみることにしました.
しかし,やはり±1mmの精度も出ませんでしたが・・・ここでアイデァが1つ出ました.曲率が不正確であっても凹凸の1ペアの石膏盤を鏡面研磨のように擦り合わせれば,等曲の凹凸の球面が簡単に作れるだろう.それぞれの表面にステンレスのワッシャーをボンドで貼り付ければ,荒ズリの間は十分に使えるツールになるだろう. こうして,青板2枚,BK7,F2 の荒ズリのために合計6枚のワッシャー貼り付け石膏盤が作られました.
とは言っても,本荒ズリで削るガラスの量は半端ないので,F君はサンダーにダイヤモンドツールを付け,ナライを定規にして大ざっぱに4枚のガラスを削ってしまいました. しかも,この作業を乾式でやってしまいました.水をかけずにガンガン削っていくのです.彼は,以前に1m前後の主鏡をこの方法で削ってたことがあるそうで,まったく躊躇してませんでしたが,相手がガラスなのに火花が飛ぶのです.虎の子の光学ガラスが割れてしまわないかとヒヤヒヤしてましたが,彼はナライを上手に使って,±1mm程度までガラスを作ってしまいました.
しかし,やはり±1mmの精度も出ませんでしたが・・・ここでアイデァが1つ出ました.曲率が不正確であっても凹凸の1ペアの石膏盤を鏡面研磨のように擦り合わせれば,等曲の凹凸の球面が簡単に作れるだろう.それぞれの表面にステンレスのワッシャーをボンドで貼り付ければ,荒ズリの間は十分に使えるツールになるだろう. こうして,青板2枚,BK7,F2 の荒ズリのために合計6枚のワッシャー貼り付け石膏盤が作られました.
とは言っても,本荒ズリで削るガラスの量は半端ないので,F君はサンダーにダイヤモンドツールを付け,ナライを定規にして大ざっぱに4枚のガラスを削ってしまいました. しかも,この作業を乾式でやってしまいました.水をかけずにガンガン削っていくのです.彼は,以前に1m前後の主鏡をこの方法で削ってたことがあるそうで,まったく躊躇してませんでしたが,相手がガラスなのに火花が飛ぶのです.虎の子の光学ガラスが割れてしまわないかとヒヤヒヤしてましたが,彼はナライを上手に使って,±1mm程度までガラスを作ってしまいました.
Re: 天竺への旅 (---25cm対物レンズ制作の思い出---)
この頃,面白いプログラムを作っていました.
研磨シミュレーターです.これは,主鏡や対物レンズを研磨して作る時,何故上になってる鏡材が凹になり,下のツールガラスが凸になるのか?という素朴な疑問から始まりました.今,研磨剤で削られるガラスの量は,互いの圧力と摩擦された距離に比例する,と仮定します.すると研磨剤の切れなどを一定とすると,鏡材とツールとの運動さえ与えられれば,ガラスがどのように削られていくかが数値計算で求まることになります.もちろん,その切削速度は分からないのですが,それは測定によって得ることになります.
さて,この研磨シミュレータを動かしてみると,良く反射望遠鏡の主鏡研磨で言われている,最初は偏球面になり,そこから球面を通過して放物面になっていって,そのうちに双曲面に変化していくことが数値シミュレーションで再現されました.また,焦点距離がどんどん短くなること.さらに放物面化ための手法の一つ,横ずらし法などの他,ツールが鏡材より小さかった場合,大きかった場合の違い.また,横ずらしにしても,ずらしかたを長方形,木の葉状,菱形などにした場合など,さらに海外のATMという自作のバイブルみたいな本がありましたが,そこに書いてあることも,全て研磨シミュレータで再現する事ができました.
中でも面白かった結果は,研磨の途中で鏡材とツールガラスの上下を反転させて,上をツール,下を鏡材に変えてしまった場合です.この場合,焦点距離は伸び始めます.また,放物面になっていたなら球面に戻ります.
アマチュアが,反射望遠鏡自作のために主鏡を手磨きする場合,あまり最終的な焦点距離を気にしません.900mmが890mmになったからと言って,せいぜい少し鏡筒を切り詰めるだけです.
しかし,対物レンズを作る場合は各面の曲率こそが大事なので,焦点距離(曲率)を伸ばしたり縮めたりする方法が確立していないと話しになりません.
硬質石膏盤を共ずりで制作するとき,自在に曲率を伸縮できることが確かめられ,最終的にはステンのワッシャーの厚さまで考慮にいれて面を作ることが出来るようになっていました.
研磨シミュレーターです.これは,主鏡や対物レンズを研磨して作る時,何故上になってる鏡材が凹になり,下のツールガラスが凸になるのか?という素朴な疑問から始まりました.今,研磨剤で削られるガラスの量は,互いの圧力と摩擦された距離に比例する,と仮定します.すると研磨剤の切れなどを一定とすると,鏡材とツールとの運動さえ与えられれば,ガラスがどのように削られていくかが数値計算で求まることになります.もちろん,その切削速度は分からないのですが,それは測定によって得ることになります.
さて,この研磨シミュレータを動かしてみると,良く反射望遠鏡の主鏡研磨で言われている,最初は偏球面になり,そこから球面を通過して放物面になっていって,そのうちに双曲面に変化していくことが数値シミュレーションで再現されました.また,焦点距離がどんどん短くなること.さらに放物面化ための手法の一つ,横ずらし法などの他,ツールが鏡材より小さかった場合,大きかった場合の違い.また,横ずらしにしても,ずらしかたを長方形,木の葉状,菱形などにした場合など,さらに海外のATMという自作のバイブルみたいな本がありましたが,そこに書いてあることも,全て研磨シミュレータで再現する事ができました.
中でも面白かった結果は,研磨の途中で鏡材とツールガラスの上下を反転させて,上をツール,下を鏡材に変えてしまった場合です.この場合,焦点距離は伸び始めます.また,放物面になっていたなら球面に戻ります.
アマチュアが,反射望遠鏡自作のために主鏡を手磨きする場合,あまり最終的な焦点距離を気にしません.900mmが890mmになったからと言って,せいぜい少し鏡筒を切り詰めるだけです.
しかし,対物レンズを作る場合は各面の曲率こそが大事なので,焦点距離(曲率)を伸ばしたり縮めたりする方法が確立していないと話しになりません.
硬質石膏盤を共ずりで制作するとき,自在に曲率を伸縮できることが確かめられ,最終的にはステンのワッシャーの厚さまで考慮にいれて面を作ることが出来るようになっていました.